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発生工学

発生工学技術の開発

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発生工学

 植物では接木(つぎき)により、美味しい品種を長年にわたってその形質を変えること無く栽培することが可能となっています。桃栗三年柿八年といいますが、これは種(タネ)から栽培した場合です。甘柿の枝を渋柿の根に接木すれば、八年かからずに柿を食べられるのです。また、種からですとどんな子供が生まれてくるか分かりませんが、接木であれば枝を採ってきた品種がそのままできるのです。この接木を利用した生産では、少数の台木から多数の品種の収穫ができ、台木と穂木の組み合わせによっては、果実の成長の促進あるいは抑制、果実の糖度など品質の向上、穂木部分の大きさや形の調節、土壌など環境に対する広い適応性の付与、土壌を媒介する病気に対する強耐性の付与などが可能となっています。このように植物では遺伝的に異なる細胞を組み合わせた「キメラ個体」により生産効率の向上が図られています。

 この考え方を魚類の種苗生産に応用したのが「借腹(仮親)養殖」です。種苗生産を目指す魚種(目的種)の配偶子(卵、精子)を、他の魚種(仮親種)に作らせる技術をこう呼んでいます。この目的種の配偶子を組み込まれた個体は「生殖系列キメラ」と呼ばれています。この借腹養殖の技術により、植物での接木と同じように、卵が採れるまで6年かかるイトウを2、3年ですむニジマスで作って種苗生産の期間を短縮できるかもしれません。マグロのように大きくならないと卵が取れない魚の種苗を小さな魚で作って餌や養殖空間を効率的に利用したり、シロサケなど海で大きくなる魚の種苗を淡水でずっと生きるニジマスでつくれるようにできたりするかもしれないのです。

借腹養殖の手順

 借腹養殖に用いる生殖系列キメラは、将来の配偶子になる細胞「始原生殖細胞(PGC)」を、他の魚の生殖腺へ取込ませることによって作成します。PGCは、受精した卵が細胞を増やし魚の形が出来上がってくる「発生」の過程で分化してきます。このPGCのみを分けるか、他の体細胞になる細胞も含んだ形で、他の魚の胚(仮親種胚)へ移植します。PGCは、大体20μm(1mmの50分の1)という大きさで、これでも他の細胞より大きいのですが、移植には微少なガラス針を用いています。とても繊細な神経と手先の器用さを必要とする技術です。移植したPGCは、うまくいけば仮親種胚の中で将来の生殖腺になる部分へ移動し、仮親種の中で配偶子を作ることになります。移植された目的種のPGCが、仮親種の体の中で配偶子に分化できるかどうかは、いろいろな組み合わせを作ってみなければわかりません。これは、植物で穂木と台木が繋がるかどうか試してみなければ分からないのと同じことです。
 様々な魚種からPGCを取り出し、ゼブラフィッシュやキンギョに移植した結果では、分類的にかなり遠い魚種(ウナギ、チョウザメ)からのPGCでも、宿主の生殖隆起に移動することが判ってきました。


様々な魚類からのPGCの採取

 借腹養殖では、様々な魚の種苗を作ることを目指しています。ですから、いろいろな魚からPGCを採取する技術を開発する必要があります。現在、PGCの細胞を他の体細胞と区別するためには、PGCだけに取込まれる物質を受精卵の中に注入(インジェクション)し、PGCに色付けする方法があります。しかしながら、それぞれの魚で取込まれる物質の構造が異なるので、すべての魚のPGCを区別することはできていません。そこで、この物質の構造をいろいろな魚で調べる必要があります。色付けできれば、その色の違いを機械的に区別して分けてくれる機械(セルソーター)があります。また、受精卵にこのような物質を注入しなくとも、PGCを区別する方法も開発しなければなりません。

 これまでの研究では、GFPの遺伝子をゼブラフィッシュのnos1遺伝子の一部分とつなげたmRNAを受精卵に注入すると、材料とした魚種のほとんどでPGCを光らせることができています。また、このように光らせたPGCをセルソーターという機械を使って分離することも出来ています。

 
PGCの凍結保存

分離したPGCは、凍結して保存しておけるようにしておくことも大事です。それは、遺伝子の多様性の保存を意味しているからです。魚を飼って保存しておくと、世代を経るにしたがって遺伝子が少しずつ失われていくからです。様々な系統がもっている特性をとっておければ、将来その種が減ってきた時増やすこともできますし、品種を作り上げる時に必要となる様々な遺伝子の供給源となります。

 これまでの研究では、PGCを光らせた胚体そのものをガラス化という方法を用いて凍結保存することができています。この胚体を解凍後、PGCを他の胚に移植したところ、このPGCに由来する配偶子ができました。

天然集団からのPGCの採取

稚魚からPGCを分離する技術ができたら、天然で産卵された稚魚からもPGCを集めることができると思います。ですから、海のどこで、いつ魚が産まれ、稚魚が出てくるかがわかれば、親がいなくてもPGCを集めることができると考えられます。海の魚は、膨大な数の卵を産みますが、そのうち少数が親になれば種が滅亡しないですみます。そこで、その膨大な子孫の一部からPGCを採ることができれば、親になった魚から卵を採るより天然の資源に影響を与えないですむと考えられます。また、天然の稚魚の集団には、親よりも多くの遺伝子の多様性が含まれています。この中には人間に有用な遺伝子が含まれている可能性があるのです。 

 この研究は、まだ進んでいません。それは、GFPで光らせていない稚魚の体の中にあるPGCだけを分離することができていないからです。上手く分離するために、体細胞とPGCの分化がどのように行われているかを解析する研究を行っています。

基礎生物学的現象の解明

移植された(目的種の)PGCは、仮親種の体の中で生殖腺に確実に移動するとは限りません。移動の経路や生殖腺の原基に到着するまでの時間が異なるものがあります。数多くの魚では、PGCの起源が分かっていないものがほとんどです。PGCを分離し、仮親種の生殖腺の原基に到達させるためには、この様な基本的な生物学的な知見を明らかにさせることが必要です。土台がない所に家をたてても崩れてしまうのとおなじことです。そもそも、魚のPGCの起源が分かったのは、ハエやカエルでの研究の成果があったからなのです。この技術が広く使われるものとなるためには、様々な種類の魚で並行して研究を進めていく必要があります。現在、ニシン、ドジョウ、シロウオ、シシャモ、ウナギ、チョウザメなどでPGCの動態が明らかにされています。

宿主不妊化

 生殖系列キメラでは、移植されたPGCの他に、仮親種のPGCもあります。仮親種のPGCをそのままにしておくと、次の世代で別の種も出現してしまいます。そこで、仮親種のPGCを使えなくしておくことも必要です。このための方策として、分化する機構そのものを阻害して、PGCを分化させないようにもできます。また、もっと簡単な方法として、仮親種に両親以外のゲノムを加えて三倍体にしてしまう方法と、二つの魚種の雑種を使う方法などがあります。

 雑種を使う方法は、雑種強勢を利用できることから有望な方法と考えています。現在、サケ目、コイ目、チョウザメなどの種間などでの雑種を研究し、その不妊現象も調べています。

バイオテクノロジーとの融合

PGCは、生殖系列キメラを介することで個体を再生できる細胞です。もし、このPGCに遺伝的な変化を加えたら、次世代でその変化を見ることができます。そこで、PGCに様々なバイオテクノロジーの手法を加えることで、新しい生物を生み出すことができる可能性があります。例えば、普通のPGCには両親それぞれの設計図しかきていません。このPGCを細胞工学で使われている「細胞融合」という技術を使い四匹の親からの設計図を持つ細胞にすることができます。植物では、このような四つの親をもつ品種として、キャベツ、バナナやブドウの巨峰など多くが作られています。魚でも、このような細胞をから新しい種が合成できるようになるかも知れません。

 現在、PGC間の細胞融合はなかなか難しく、雑種細胞を誘導することができていません。何か新しい発想が必要なのかもしれません。

おわりに

 日本人は、様々な魚を食べています。その種類の多様性は、畜産物を生産する動物(家畜)よりはるかに多いのです。一方で、天然からとれる数が減っている魚種も増えてきています。また、食べているすべての魚が養殖できている訳ではありません。天然の資源になるべく手をつけずに魚を増やすための技術として「借腹(仮親)養殖技術」を確立していく事がこの研究の目標です。「お金を払って海外から買ってくる」のではなく、「日本の食べ物はなるべく日本で作ろう」をモットーに、未来に生きる研究をしたいと考えています。 

胚操作の技術

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人工授精

 発生工学の技術を適用する際は、扱う胚の発生段階が大変重要になってきます。温度により、発生の進む速度はある程度は調整できますが、受精のタイミングを人間の管理下に置くことにより、より確実に実験に用いることが可能となります。そのため、人工受精を行うことができる魚種に関しては人工授精を行います。精子、卵ともに、親魚の腹を押すことにより搾り出す搾出法により得ます。得られた配偶子を混ぜ合わせ、水につけることで活性化する乾導法により受精を行います。


卵膜除去

 受精した胚に、インジェクション、移植などの胚操作を加えることはもちろん、その後の観察などの障壁となるのが卵膜です。その卵膜をトリプシンなどの酵素により分解し、胚操作や観察を行いやすくすることが可能となっています。



卵膜除去の過程


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胚操作針(胚移動用)の作成

 胚操作を行う際に、胚を移動させるための針は、対象とする胚の大きさや硬さに合わせて自分で作成します。ガスレンジを用いてパスツールピペットの先端を細く伸ばします。最後に胚を傷つけないように先端をあぶり丸く加工します。


インジェクション

 蛍光標識物質や目的に応じたRNAなどを顕微注入することにより、様々な細胞をラベルすることができます。


キンギョ受精卵へのRNAのインジェクション過程



 目的の細胞を蛍光物質で標識し、その挙動を追跡することができます。


胚盤の上層の割球をFITCラベルした胚



 独自に合成したRNAを顕微注入することにより、PGCsのみラベルすることも可能です。


PGCsをGFPラベルした胚


廃盤移植

 胚盤を切り取り他の胚に移植します。発生の初期にこの操作を行うことにより、胚同士が融合し、また拒絶反応が起こることもなく2つ以上の遺伝情報を持ったキメラ個体を作り出すことが可能です。


廃盤移植の過程


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胚操作針(胚盤切り取り用)作成

 胚盤移植に用いる胚操作用針も胚の大きさや硬さに応じて自作します。パスツールピペットをガスバーナーであぶり、伸ばしたものの先端にグラスウールをつけ使用します。


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SPT

 Single PGC Transplantation法の略で、PGCをGFPラベルし、蛍光顕微鏡下で一つ拾い出し、移植することにより生殖系列キメラを作成します。


インジェクション・細胞移植用針作成

 プーラーを用いてインジェクションや細胞移植に用いる針を作成します。ガラス製のキャピラリーチューブをプーラーのコイル中に通し、上下のおもりに固定します。コイルが発熱することによりキャピラリーチューブが柔らかくなり、重りが重力により落下することで細く伸ばし、針を作成します。設定温度を高くすることにでより細くしなやかな針を、低く設定することでより太く腰のある針を作り、対象とする実験により使い分けます。


プーラーによる胚操作用針の作成


絞りの作成

 インジェクションや細胞移植の際にはインジェクターにより針にかかる圧力を微調整し試薬の出入りを調節しますが、それでも急激に圧力がかかってしまうため針先に絞りを作成し、緩やかに試薬が注入されるようにします。マイクロフォージを用い、顕微鏡下で絞りの状態を確認しながらガラス管をコイルで熱し、実験に適した絞りを作っていきます。


絞りの作成


針先の研磨

 細胞移植用の針を作成する際は針先をマイクログラインダーを用いて研磨し、細胞を吸い取ることができるように加工します。顕微鏡で確認しながら扱う魚種や発生段階に合わせ、針先の大きさを調整していきます。


針先の研磨


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BT

 Blastula Transitionの略で、胞胚期にPGCsへと分化する領域の細胞を吸い取り、同時期のホストへと移植します。また、生殖細胞質を可視化することのできるRNAをインジェクションすることにより、PGCsへと分化する運命の細胞を可視化することができ、より確実にPGCsを移植することが可能となります。


バナースペース

北海道大学七飯淡水実験所

〒041-1105
北海道亀田郡七飯町桜町2丁目9-1

TEL 0138-65-2344
FAX 0138-65-2239

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